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仙台高等裁判所秋田支部 平成3年(ネ)58号 判決 1992年10月05日

控訴人

株式会社栃木銀行

右代表者代表取締役

阿部一治

右訴訟代理人弁護士

大木市郎治

山口益弘

被控訴人

株式会社羽後銀行

右代表者代表取締役

鈴木辰雄

右訴訟代理人弁護士

内藤徹

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一原判決を取り消す。

二被控訴人は控訴人に対し、三六四万〇三〇〇円及びこれに対する昭和六三年一月七日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四仮執行宣言

第二事案の概要

事案の概要は、次のとおり改めるほかは原判決の「事実及び理由」中「第二事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

一原判決二枚目表末行「乙二」の前に「甲一〇の二、」を加える。

二同四枚目表一行目「その結果、」から二行目「を取得した。」までを削除する。

三同四枚目表四行目「ないし(三)の約束手形が不渡りになり」を「の貸金債権が期日までに返済されず」と、六行目「三嶋屋」を「片桐浩」と、七行目冒頭から八行目末尾までを「二〇万円及びこれに対する遅延損害金の合計額に相当する六五〇万円について、次の内容の金銭消費貸借契約証書二通を交わした(これにより成立した合意を「本件合意」という。)。」とそれぞれ改める。

四同四枚目裏六行目「証人」の前に「乙一四、一五、二四」を加える。

五同五枚目裏一〇行目「自働債権とし」の次に「(右内容証明郵便には、自働債権の表示として「債務者片桐浩、連帯保証人片桐二郎に対し、当行が有する貸金債権」と記されている。)」を加える。

六同六枚目表八行目「(原告の主張する再抗弁)」を削除する。

七同六枚目表九行目「1更改」を削り、そのあとに、「本件の帰趨は、ひっきょう、被控訴人のした相殺の意思表示の効力如何にかかるが、これをめぐる争点と当事者の主張は次のとおりである。

1  昭和六〇年七月九日、被控訴人と片桐浩との間に成立した本件合意の法的性質」を加える。

八同六枚目表末行「債権は、」から同枚目裏二行目「まとめたものであり」を「債権が、前記のとおり、片桐浩に対する計六口の債権をまとめたものであるとしても」と改める。

九同七枚目表六行目「右五口の」から七行目「いないから」までを「前記二の6記載の二通の金銭消費貸借契約証書は、前記二の1の五口の貸金債権及びその利息と被控訴人の片桐浩に対する二〇万円の貸金債権及びその遅延損害金の合計六五〇万円を前記二、6、(一)記載の一五〇万円と同(二)記載の五〇〇万円の二口の貸金債権にまとめたものであるから、片桐浩と被控訴人との間に成立した本件合意は」と改める。

第三証拠<省略>

第四争点に対する当裁判所の判断

一争点1(本件合意の法的性質)について

片桐浩が被控訴人から金員の貸付けを受けるに当たり、被控訴人に交付した手形の一部が不渡りとなった後の昭和六〇年七月九日、片桐浩と被控訴人との間に本件合意が成立したことは前記のとおりであるところ、証拠(<書証番号略>、原審証人山田)及び弁論の全趣旨によれば、片桐浩と片桐二郎は三嶋屋を共同で経営していたが、片桐浩は受取手形(前記手形の一部を含む)が不渡りとなり、加えて三嶋屋の経営も不振となって、被控訴人に対する前記二の1、(一)の借受金債務の返済ができず、他の借受金債務についても期日に返済できる見込みがつかない状態に陥ったことから、被控訴人に対し、その返済猶予を懇請し、被控訴人はこれに応じて協議の結果、右五口の債権及びその利息と別口の二〇万円の債権及びその利息の合計六五〇万円をまとめて新たな期限と支払方法を定めた一五〇万円と五〇〇万円の前記二口の貸金債権としたことが認められる。

控訴人は、右は債務(債権)の目的に変更があるから、更改が成立すると主張する。

しかし、金融取引の実情に照らせば、既存債権の目的を変更する場合において、債権の同一性の喪失という重大な結果をもたらす更改の方法を採るのはきわめて例外に属するものと考えられるから、債権(債務)の目的に変更があっても、それだけでは債権の同一性に変更はなく、これに加えて当事者の更改意思が明確である場合に限り、更改が成立すると解すべきである。本件の場合においては、片桐浩に対する前記五口の貸金債権(利息を含む)と外一口の貸金債権(同)をまとめて二口の貸金債権としたうえ、それぞれ新たな期限と支払方法を定めたものであって、その目的に変更があることは明らかであるけれども、前記のとおり被控訴人は片桐浩から経営不振等の理由で前記貸金債権の返済猶予を懇請され、これに応じて、返済期限を猶予し、かつ分割支払のものとするなど支払の便宜を図ったというのがその実態であって、金融機関である被控訴人が、本件のように相殺に供しうる預託金が存する場合において、担保的機能を有する相殺権をむざむざ放棄し貸金債権の回収不能の危険を冒してまで片桐浩の事業経営を援助するなどとは凡そ考え難いところであるから、被控訴人の更改意思は明確とはいえない。証拠(<書証番号略>)によれば、被控訴人は、右合意の成立に伴い、右六口の旧債権について弁済ずみの処理をしたことが認められるが、右は被控訴人内部の操作に過ぎないと考えられるから、これをもってしても、被控訴人の更改意思が明確であるとはいえない。

右に認定した本件合意の成立に至る経緯からすれば、本件合意の法的性質は、債権の同一性を保ちつつ債権の内容を変更するいわゆる債権変更契約と解するのが相当である。

したがって、本件においては、右二口の債権は前記六口の債権と同一性を維持しており、したがって、前記五口の貸金債務についての片桐二郎の連帯保証の効力は右債権変更契約上の片桐浩の債務について及ぶこととなる。しかして、前認定の事実によれば、片桐二郎は、銀行取引約定書に基づき、片桐浩が被控訴人に対して負担する債務についていわゆる包括根保証をしたものと認められるところ、片桐二郎は、右契約成立前に死亡しているから、その相続人である片桐イク外五名は片桐二郎の包括根保証人としての地位を承継することはないが、相続開始時に既に発生していた具体的・個別的な保証債務については、これを相続するものと解すべく、結局、片桐イク外五名は被控訴人に対し、前記五口の貸金債務の金額の限度で、右契約上の片桐浩の債務について連帯保証債務を負担することとなり、被控訴人が相殺の自働債権となし得る片桐イク外五名に対する債権額も右の限度となる。そして、右限度額は、右五口の貸金債権の元本合計額六一五万八四〇〇円を下回ることはないと認められる。ただし、本件においては、片桐浩の旧債務中一口は、控訴人の仮差押え後に発生したもので、あるから、被控訴人が控訴人に対する関係で相殺に供しうるのは、右仮差押え前に発生した前記(一)ないし(四)の貸金債権と同額の債権に限られる。

被控訴人が控訴人に対し昭和六三年九月二二日ころ到達の書面によりした右二口の貸金残債権を自働債権とする相殺の意思表示は右の限度で仮差押えの効力発生前の取得した債権を自働債権とするものであるから、それが濫用に亘るものでない限り有効である。

なお、相殺の意思表示によって、一度債権の消滅という効果が生じた以上、相手方の同意なしに、これを撤回することは相手方の地位を不安定にするものとなり許されないものと解すべきである。

二争点2(相殺権の濫用)について

右の争点についての当裁判所の判断は原判決説示(原判決一〇枚目表七行目冒頭から一四枚目裏一行目末尾まで)のとおりであるから、これを引用する(ただし、同一二枚目表三行目「1、2」を「一、二」と改める。)。

第五以上の次第で、本件預託金請求権は、被控訴人のした右相殺により全額消滅しものである。よって、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は正当であって本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担について、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武籐冬士己 裁判官 木下秀樹 裁判官 佐籐明)

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